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日テレは夕方のニュース戦争に敗れ・6時のニュースから撤退した時代がある

      2016/01/26   42

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oldntv

日本テレビ放送網・旧社屋(東京・千代田区)

夕方のニュースが6時台だけだった頃

 テレビ史を紐解く…というほど大げさなものではなく、このブログでは、「へえ、そんな経緯があったんだ…」というくらいの、埋もれてしまいそうなテレビのあれこれを、過去の新聞テレビ欄を元に見てみようということで、ざっくりと「昔のテレビネタ」というカテゴリを新たに設けて、他では語られないような、細かいところを取り上げていきます。

 今では、民放の4大キー局が長時間のワイドな枠で競争を繰り広げています「夕方ワイド」ですが、かつて1970~80年代、この夕方のニュースに苦戦していたのが日本テレビです。一度は他のキー局と足並みをそろえたものの、撤退してしまうという事態に。その背景にはどんな動きがあったのでしょうか。

 当時はまだ「夕方ワイド」という概念は無く、4大キー局は午後6時台のみにニュース番組を編成しており、前半30分が「首都圏ローカルニュース」、後半30分が「全国ネットニュース」という具合に、それぞれ番組もキャスターも別々の独立した番組として存在していました。

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最初に1時間化に踏み切ったのはTBS

 時は1975(S50)年春。当時は4大キー局ともに夕方のニュースは午後6時30分~で、20分間の番組でした。

・日本テレビ「NNNジャストニュース」
・TBSテレビ「JNNニュースコープ」
・フジテレビ「ニュース6:30FNN」
・NETテレビ「ANNニュースレーダー」(現:テレビ朝日)

 これら、キー局からの全国ネットニュースは20分間の6時50分までで、地方局のなかで力のあるところは、午後6時から30分間のローカルニュースを放送し、そうでないところは、6時50分からの10分間にローカルニュースを設定していました。

 ちなみに、東京12チャンネル(現・テレビ東京)は「ニュースレポート」を午後6時から20分間放送していました。

 その当時、午後6時からの30分間は、4大キー局すべてがアニメの再放送か子ども向けドラマの再放送となっていたのです。

 そんな状況だったキー局のなかで、真っ先に午後6時をニュース枠としたのがTBSテレビでした。1975(S50)年秋に午後6時から「テレポートTBS6」を開始。関東ローカルの「テレポート」と、全国ネットの「JNNニュースコープ」の2本立てになったのです。

 すると、各局が追随しはじめます。

フジとテレ朝が追随

 TBSに続いたのがフジテレビでした。フジテレビは1978(S53)年秋、「FNNニュースレポート6:00」「FNNニュースレポート6:30」の二本立てとし、TBSとは逆に、「6:00」を全国ネット、「6:30」をローカルニュースとすることで差別化を図りました。東京12チャンネルのニュースレポートは、1976(S51)年秋に午後5時半へと移動しており、この時点で、午後6時に全国ニュースを放送するのは、フジテレビのみとなったのです。

 一方のテレビ朝日は、1979(S54)年秋に「6時のサテライト」をスタート。こちらはTBSと同じく「6時のサテライト」が関東ローカルで、6時30分の「ニュースレーダー」が全国ネットという形となっていました。

 日本テレビは動きません。TBS、フジ、NETが1時間のニュースゾーンを設けるなか、日本テレビは午後6時からアニメの再放送、午後6時30分から「ジャストニュース」という体制を貫きます。

ようやく日テレが動いたのは1982年

 日本テレビが夕方のニュースを1時間化したのは、NETから遅れること2年半後、1982(S57)年春のことでした。午後6時30分からの全国ニュース「ジャストニュース」はそのままに、午後6時から「6時です!4チャンネル」をスタート。タイトルに「ニュース」とついていないことからもわかるとおり、他局とは違う、中継を軸としたローカルワイドの先駆けとしての登場となったのです。

 のちに日テレ系列の地方局が、中継を軸としたローカルワイドを各地で成功させることを考えると、その先駆けと言えるのですが、当時は時代に対して早すぎたのでしょう。この「6時です!4チャンネル」は1年で終了。しかもその後番組が…。

日テレの6時がアニメ再放送に戻った…

 1983(S58)年春。日本テレビが午後6時から放送したのは「ルパン三世(再)」。そう、再びアニメの再放送枠に戻ったのです。潔く撤退です。

 先述のとおり、TBSは「テレポート6(関東)」フジは「FNNニュースレポート6:00(全国)」、テレビ朝日が「ニュースイブニング朝日(関東)」、テレビ東京が新作アニメを午後5時55分から編成していたなかで、日テレがアニメの再放送枠に戻した衝撃は大きく、「失敗」「撤退」を強く印象付けました。

 しかし、完全に撤退したわけではなく、「6時です!4チャンネル」の後枠は、午後5時に移動し「NTV NEWS」という4分枠として一応、継続はされていました。

 話は逸れますが、テレ朝の「ニュースイブニング朝日」。テレビ局名のタイトルとはいえ、「イブニング」で「朝日」というのは、違和感を覚えますね…。

3年半の沈黙を破って…

 日本テレビは1クールが過ぎると、金曜だけを新作アニメとし、午後6時はアニメの再放送・金曜だけ新作という編成を続けます。しかもこの、金曜が新作というのが厄介な存在で、各地の系列局は既に、午後6時はローカルニュースを放送する体制になっていたために、このアニメを同時ネットすることができず、しかも、そのアニメは魔法少女もので、玩具スポンサーがついていたために放送はしなければならず、別の時間への振替放送を余儀なくされました。

 日本テレビが、再び午後6時にニュースを投入するまでには、3年半の月日を要しました。

 1986(S61)年秋、「NNNライブオンネットワーク」がスタートします。午後6時半の、「ジャストニュース」から変わっての「NNN6:30きょうのニュース」を終了させ合体。55分番組としての投入でした。

 当時、フジテレビが「FNNスーパータイム」という形で、全国ニュースとローカルニュースを合体して1時間化することで大成功を収めており、ライブオンネットワークはその形を取り入れ、ニュース項目にアタック音を入れるなど、演出面でもかなり、スーパータイムを意識した番組でした。

 そして、そうです。その1年半後に「NNNニュースプラス1」がスタート。ズームイン!!朝!で超人気だった徳光アナウンサーを夕方に起用するという日テレの賭けは大成功。キャスターが変わりながらも、その後、プラス1は18年もの長きに渡って放送されることになります。

 プラス1以降の印象ですと、どちらかというと日テレは夕方に強いイメージがありますが、そこにたどり着くまでには、苦難の歴史があったのです。

 午後6時に、他のキー局がニュース、テレ東が新作アニメを放送しているなか、日テレがアニメの再放送を流していたなんて、今では信じられませんよね。まさに、1983(S58)年春から1986(S61)年秋までの3年半は、日テレの夕方暗黒時代といえるでしょう。

日本テレビとCIA 発掘された「正力ファイル」 (宝島SUGOI文庫)

 - 昔のテレビネタ

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Comment

  1. ブルーEX says:

    いつも楽しく拝見しております。
    「6時です!4チャンネル」が終了して
    1ヶ月挟んで入れ替わるように「ルンルンあさ6生情報」が開始し
    メインキャスターの久能靖アナもスライド登板しました。
    スタッフまではわかりませんが夕方では失敗しても
    ジパングあさ6→ズームイン!!SUPER→ZIP!と番組は変遷しながら
    30年以上一貫して日本テレビが強い時間帯になっていて
    結果的に朝6時台の情報番組を開拓したという間接的な意義はあったのかもしれません。

    気になったんですがNET→テレビ朝日改称は1977年ですよね?

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