新しい放送局?「Radio80」の違和感と可能性

花フェスタ記念公園で出会った“意外な公開録音”

先日、相方と岐阜県可児市にある花フェスタ記念公園に行ってきました。この公園は、地方博ブームが終焉を迎えようとしていた1995(H7)年に開催され、大成功を収めた「花フェスタ’95」を記念してそのまま残された公園です。この公園の、イチバンの見所は「日本一のバラ園」です。愛知万博が開催される2005(H17)年までには世界一に整備するそうです。

可児市の花フェスタ記念公園。バラ、日本一から世界一へ

園内にある「プリンセスホール雅」ではいろいろなイベントが開かれています。この日もコンサートらしきものをやっていたのですが、見ているとどうも様子が違います。トークが何度も入り、「この番組は花フェスタ記念公園からお送りしています。」というアナウンスがあったのです。

放送マニア心をくすぐる瞬間

「これは、ラジオの公開録音か!どこの放送局だ?岐阜ラジオか?東海ラジオか?」

と、放送マニアの血が騒ぎ出してしまいました。そして近づいてみると、それは全然おかしくはないのですが、意外な放送局でありました。


「この模様は、来週土曜Radio80(レディオ・エイティー)で…」

岐阜エフエム「Radio80」への驚き

レディオ・エイティ?マニアの私でも、記憶をたどるのに少し時間がかかってしまいました。それは、岐阜県域のJFN系FM局、岐阜エフエム放送でした。私はかなり驚きました。

Radio80岐阜エフエム放送の旗

岐阜エフエムと言えば、土日は自社製作無し、一昨年から昨年にかけての年末年始は、通常の自社番組を全部休み、普段やっていない、東京からのJFNネット番組を流したことで知られる完全週休2日の放送局なはずです。そんな岐阜エフエムが、日曜日に公開録音をしているという事実を、すぐには受け入れることができませんでした。

地元民すら知らない存在感の薄さ

しかも相方は、さらに驚くべき発言をしました。

「どこ?RADIO-i?」

確かに、この地方でレディオ…と言えば、RADIO-i(レディオアイ・愛知国際放送)を思い浮かべるほうが自然です。

「違う違う、Radio80だって。」

「どこそれ?FM-PIPIみたいなやつ?」

相方は、生粋の岐阜県民です。にもかかわらず、Radio80と言っても、その存在を知らないのでした。しかもコミュニティFMと勘違いという衝撃。岐阜に県域FM局があることすら知らないのではないか?と思い説明しましたが、どうやら全く知らない様子でした。

こちらが多治見市のコミュニティ局エフエムたじみFMPiPI

なぜ岐阜エフエムは埋もれてしまったのか

岐阜エフエムが出来るまで、岐阜県全体をエリアとする民放FM局はありませんでした。しかし、大垣市から可児市にかけての人口集中部では、FM AICHI、ZIP-FM、RADIO-i、エフエム三重も受信可能で、FM局はすでに飽和状態となっていました。

さらに、岐阜新聞と中日新聞の対立に巻き込まれ、開局が遅れ、2001年4月という最後発に。内容もJFNネット中心で他局と似通い、決定的な個性を打ち出せないまま現在に至っています。

インフラ面での弱点も

岐阜県は山が多く、トンネル内再送信が重要ですが、本来地元局であるはずの岐阜エフエムが入らず、他県局が流れるという逆転現象。これでは、日常的に聴く機会も増えません。

対照的なエフエム三重の存在感

これに対し、エフエム三重は認知度が高く、愛知県でも広く聞かれています。1985年開局という歴史の差もありますが、番組の差別化ができていました。

かつてこの地方に民放FMはFM AICHIしかなく、エフエム三重は「東海地方第2の民放FM局」として愛知・岐阜の聴取者にも広く受け入れられたのでした。しかも当時は、JFNが2つのネットワーク、Aライン、Bラインを持ち、FM AICHIはAライン、エフエム三重はBラインと、全く別の番組を放送していたため、FM AICHIと三重は、番組が被らなかったのです。

この2つのラインを持つきっかけとなったのは、FM AICHIと三重のエリアが被ってしまうということだったそうですから、Bラインは三重のために作られたといっても過言ではないと思います。

また、海上伝播により受信範囲が広く、岐阜県や長野県の山間部で、愛知のFM局が聞こえなくなっても、エフエム三重が聞こえるということがよくあります。JR飯田駅前にて、カーラジオで綺麗にエフエム三重が入ったときはホント、驚きました。もちろんFM AICHIもZIP-FMもかすらないのにです。物理的にも優位な条件が揃っています。

FM三重人口カバレッジ、三重97% 愛知98% 岐阜44% 3県86%(H2年)

“新しい局”は本当に価値があるのか?

そんなわけで、生粋の岐阜県民でありながら、岐阜エフエムを知らない相方でも、エフエム三重の看板番組「おもいっ気りサンデー(日曜16:00~)」、DJさゆりんは知っているということがあったり、私の友人には、日曜夕方はFM三重という人も少なくありません。もちろんそれら友人は皆、愛知県民です。

現在、エフエム三重は自社制作率を高め、独自色を打ち出しています。一方で岐阜エフエムは、土日は完全ネット、平日も夜は他局と似た編成で、「わざわざ選ぶ理由」が弱い状態です。

人口集中部の岐阜県民にすら知られていない現状を見ると、「新しい局ができる=価値がある」とは言い切れないのかもしれません。

それでも必要とされる地域がある

ところがです。岐阜エフエムの開局を、待ち望み、その恩恵を受けている地域を忘れてはなりません。

そう、その地域にとっては、岐阜エフエムは神、戦後初の快挙とまで言われているのです。

はたして、それはどういうことなのか。それは次回に続きます

この記事を書いた人

TOPPY/川合登志和

記事や脚本を書いたり、名古屋のラジオやテレビの構成作家をしたり出演したり、地域のFMラジオで喋ったりディレクターしたりミキサーしたり、講師したり、サイト作ったりしてます。

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