~前回のあらすじ~
「科学テレビ」として開局したテレビ東京は赤字のため一般局に番組を近づけ始めた。そして1973年、株式会社東京12チャンネルが発足した。
つづき
東京12チャンネルは当時、東京ローカルの独立局。科学テレビとして開局以来赤字続き、ようやく1973(昭和48)年総合テレビ局、東京12チャンネルとなった。
そして1979(昭和54)年開局15周年を迎える。
東京12チャンネル
この年の正月、12チャンネルは12にちなんだ番組を登場させるのです。
「人間の条件」は平均視聴率5.7%を記録。
12時間ブチ抜きはローカル局である12チャンネルだからできた企画なのです。現在もその伝統は続いています。(2001年から10時間に短縮されたが…)
そして翌年1980(昭和55)年1月2日「宮本武蔵」(東映)を同じく12時間一挙放送した。
なんと視聴率は12.5%!
次の年もやろう!となったが12時間に及ぶドラマ・時代劇というのは早々無い、
そこで1981(昭和56)年1月2日「それからの武蔵」という前年の映画の続きを
12時間自社製作したのです。
東京12チャンネルもこんな制作力があったのかと世間をあっと言わせたのです。これが現在も続く超ワイドドラマの始まりなのです。
しかし1981(昭和56)年この年はテレビ東京にとってもう一つの記念すべき年なのです。
株式会社テレビ東京
の誕生。
それは東京12チャンネルがローカルでなくなる事を意味した。
1981(昭和56)年1月テレビ大阪が設立された。そうネットワークの誕生である。テレビ大阪は19チャンネル。ネットワーク化が見え始めた以上、12チャンネルという社名はふさわしくない。
そこでテレビ・東京12チャンネル。略してテレビ東京。1981(昭和56年)10月に社名を変更します。テレビ東京の誕生です。
ここで問題が発生します。神戸・サンテレビの存在です。東の12チャンネル・西のサンテレビ2大独立局として友好関係を結んでいたのですが、新局・テレビ大阪のエリアは
サンテレビのエリアにほとんど含まれているのです。
そこでテレビ東京はサンテレビジョンへの番組供給をストップします。(ちょっと冷たい感じもするけど、テレビ大阪のためだったんです)
そのため、テレビ東京は関西・東海地区の独立U局と今でも友好関係を保っていますが、サンテレビとだけはほぼ全く関係が無くなっています。
そしてテレビ東京・大阪・愛知とメガTONネットワークを結成します。
メガロポリスT(東京)O(大阪)N(名古屋)ネットワークという意味だそうです。
そしてテレビ東京は番組制作力をアップしていきます。
12時間時代劇だけを見ても
そして
1989(昭和64)年「大忠臣蔵」
東京ローカルだった科学テレビ・12チャンネルはとうとう東京・大阪・名古屋とネットワークを結び忠臣蔵を製作できるテレビ局に成長したのです。こういった特殊な歴史を持つテレビ東京。これからも応援し続けます。


コメント