メ~テレは時代の先を行っていた!「Nagoya TV」だった頃

Nagoya TV週間番組表(1987年)

現在でも放送されていますが、甲子園を目指して行われる夏の高校野球の地方大会について取り上げる特別番組「甲子園への道」。かつては「速報!甲子園への道」と題して連日放送されていました。

テーマ曲は「君よ八月に熱くなれ」のインストゥルメンタルで、昭和末期にはいかにも当時な感じの電子楽器の音で奏でられ、そこには日本列島の地図とともに「37」のテレビ局が名を連ねていました。

TOPPY
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あのテーマ曲が「夏休み!開幕!」って感じでしたよね

フルネットの系列局は12局だけど番組協力は37局

昭和末期のテレビ朝日系列は、テレビ朝日をメインとしていた系列局はわずか「12」。ですから残りの25局は他の系列がメインであったり旧独立U局で、それは番組ネット局を示していたわけではなく、地方大会の映像を提供してくれていた局の一覧でした。

取材と協力

試合の映像には、「取材:広島ホームテレビ」「協力:日本海テレビ」といった具合に地方局のロゴが表示され、系列局は「取材」、それ以外の局は「協力」となっていました。当時、テレ朝系と日テレ系のクロスネットだったテレビ信州は「協力」で系列外の局扱いとなっていました。

際立っていたNagoya TV

1988年当時、そんな地方局のロゴで際立っていたのが「Nagoya TV」です。どこのテレビ局だかわかりますか?

現在は愛称を「メ~テレ」としている名古屋テレビ放送です。この局はかつて社名が「名古屋放送」で愛称が「名古屋テレビ」だったのですが、1987年(昭和62年)にイメージを一新。

社名を「名古屋テレビ放送」、愛称を「Nagoya TV」としたのです。現在では「tv asahi」や「SAGA TV」などアルファベット表記の放送局もめずらしくありませんが、「CBC」など略称3文字で呼ばれていた放送局を除いて、局名・愛称をアルファベット表記にしたことはかなりめずらしく、テレ朝系のなかでも浮いていた記憶があります。

わずか数年で「名古屋テレビ」に

とはいえ、いま見ますとチャンネルの「11」とNagoyaの「N」を掛け合わせたデザインのマークに「Nagoya TV」はとてもスタイリッシュに感じます。ただ、昭和にアルファベット表記は早すぎたかもしれないですね。わずか数年で「名古屋テレビ」になってしまいました。

TOPPY
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いま見るとかっこいいのになあ

そしてメ~テレへ

その後、「ナゴヤテレビ(ナヤゴビレテ)」「名古屋テレビ」と変遷し、2003年(平成15年)に「メ~テレ」となって定着して今に至ります。

今思うと「11 Nagoya TV」は…かなり時代の先を行っていたのではないかと思います。

Bビーダマン爆外伝

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この記事を書いた人

TOPPY/川合登志和

記事や脚本を書いたり、名古屋のラジオやテレビの構成作家をしたり出演したり、地域のFMラジオで喋ったりディレクターしたりミキサーしたり、講師したり、サイト作ったりしてます。

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