今では信じられないかも知れませんが、テレビ朝日とテレビ東京は教育テレビだったのです。どういう事?
NHKには総合テレビと教育テレビがありますよね。郵政省(当時)は当初、民間テレビ放送にも総合局と教育局という2つの免許を割り当てたのです。
日本テレビ、TBS、フジテレビは総合局として、テレビ朝日、テレビ東京は教育局としてスタートしています。
日本教育テレビ
1959(昭和34)年2月開局。テレビ朝日の開局当時の社名です。フジテレビより1ケ月早く開局しました。今考えるとCMの広告収入で運営する民間放送、教育テレビなど成り立つはずがない。と誰でも思うのだか当時はそうではなかった。
東映、旺文社が作った日本教育テレビは開局当初、教育番組を50%以上+教養番組を30%以上放送することを義務づけられたのです。
開局当初フジテレビと日本教育テレビは後発ということもあり日本テレビ、TBSに比べるとあまり人気は無かったそうです。
日本教育テレビは危機感を募らせます。そこで開局から1年後、略称のNETを使用し
NETテレビ
という呼称・社名表記を使用し、一般化を図ります。しかし教育番組の割合の規定があったので、外国映画や、アニメーションを”教育番組”として放送し、総合局と戦う姿勢に転向しました。
日本テレビやTBSが着々と系列局を増やす中、日本教育テレビは辛い思いをします。
地方には「準教育局」というテレビ局が置かれます。これらの局も教育番組の割合が決められました。札幌テレビや毎日放送など。日本教育テレビはそういった局としか
系列を組むことができませんでした。他にも制約があったそうです。
当初の系列局は4局でした。
そして1973(昭和48)年、同じ教育局だった東京12チャンネル(現・テレビ東京)の赤字による経営悪化などを理由に、日本教育テレビと東京12チャンネルの免許は教育専門局から総合番組局の免許に変更されます。
そしてネット局の入れ替えが行われます。1974(S49)年に資本が整理され、それまで読売・毎日・朝日3紙の寄り合いだったTBSが毎日、そしてNET=朝日 NTV=読売となります。
1975(昭和50)年まで、
だったのですが、 新聞系列とテレビ系列を戻すという動きが起きます。大阪の朝日放送は大反対します。朝日放送はTBS系列の大阪で1番の人気テレビ局。東京で弱いNETとのネットを組んだら落ちる…と。
しかしその動きに負け、TBS-毎日放送・NET-朝日放送という現在のネットに変更されます。
ABCが出した条件の中に、NETを総合局へ移行すること、というものがありました。また、NETは社名を変更します。朝日色を出して、朝日放送との連携力をアップするためです。
そして社員から公募して
全国朝日放送 略称・テレビ朝日
1977(昭和52)年、現在の社名に変更します。
テレビ朝日に「親の目子の目」「情報バザール」といった教育番組の名残があるのはそういった事情からです。ちなみにこれらの番組は現在でもテレビ朝日系列ではなく、当時の準教育局でネットされています。
さて気になってません?テレビ東京。法律をも変えてしまう赤字とは何か?
ここはモットモットすごい経歴の持ち主なのです。また今度。


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